性といのちを識る

産みたくても産めない?女性の出産と価値について

産む人生、産まない人生

子供を持つことは男も女も出来る。

しかし、例えば<出産機能>が
肉体に備わっていない男は
生まれてから死ぬまでが
選択肢のない一本道の人生だとすると、

<出産機能>を有する女は
「産む人生」か「産まない人生」
どちらかしか経験することができないことになる。

もうすでに、在り方から男女には凸凹の違いがあり、
女という生物は生まれながらにして欠けている。

ここで出産経験も肉体構造も

・有るからエライ
・無いからダメ

という二極化した価値観で
物事を見てしまうと、

女性より男性のほうが偉いということになるし

女性は出産経験の有無によって
「勝ち負け」や「優劣」をつけられる事になってしまいます。

 

「産まないんじゃない、産ないんです!!」と
悩んで苦しまれている方は多いです。

深い苦しみの渦中にいる方には、
大げさじゃなく本当に

「出産して子どもを育てている人は優秀で、価値がある」

「出産せず子どものいない人は無能で、価値がない」

私には生きている価値すらもない

と思ってしまっている人もいらっしゃいます。

けど、そんな価値観や自分へのジャッジをすることで
ますます勝ち負けや優劣の世界をつくっているんです。

・有るからエライ
・無いからダメ

その価値基準が自分を追い込んで、苦しめているんです。

自分が作り出した世界で必要以上に苦しんでいる、という。

で、

勝ち負けや優劣で評価してしまうと、
自分に対する評価と同じようにして
他人のことも経験の有無で
価値があるかないかジャッジします。

 

え?

 

わたし、

そんなこと

してませんけど

(# ゚Д゚)??

 

なんて声も聴こえてきそうだけど・・・

 

頭では「それは悪いこと」と思うから
本人の表面には出てこないだけで、
本当はずーーっと、自分への評価と同じ見方を
外側の世界に対してもしてるんです!
水面下で!

だからますます「自分の世界」が
勝ち負けの苦しい世界へとなっていく。

自分が放つものがそのまんま
自分にかえってくるのが
霊的真理であり宇宙の法則だからです。

 

自己憐憫は「明らかに見る目」を曇らせる

子どもが欲しくても、産めない人もいる。
子どもが欲しくても、産まない人もいる。

子どもを望んでいないから、産まない人もいる。
子どもを望んでいないけど、産む事になった人もいる。

事情はそれぞれあるにせよ、
事実として明らかにみれば

「産む」か「産まない」かの2択のみ!

産む経験と産まない経験、どちらも対等です。

両方に価値があります。

 

ない、というのはそこに感情を上乗せしているに過ぎません。
事実をみれば、産めなくても産まないと決めたとしても「産まない」です。

「産めないわたし」
「子どもがもてないわたし」
「ああ、かわいそうなわたし」
「価値がないわたし」
「生きてる意味もないわたし」
「ヨヨヨ・・・・」

ってなると、もう事実を見れません。

対等な選択肢じゃなくなってくる。
ここには真理がやどりません。
自分の中の答えにもたどり着けません。

感情は本当の自分の願いを知る
お知らせ機能ではあるけれども、
黙って理性を働かせて明らかに見る目を
養うことだって忘れたらいけない(*^^*)

子ども

『子どもを持つか持たないか?』だけでみれば、
出産というのはただの手段に過ぎません。

そもそも子どもは所有物じゃないので「持つ」「持たない」っていう事がそもそも違うんですが、とはいっても他に表す言葉がないのでそう表現しています。

母体は命の「培養所」から「通り道」となるだけであって、

・子どもを持つ
・親になる

ということと「産む」ということは別のことになります。

単純に「子どもが欲しい」だけであれば、
出産せずとも、養子縁組といった手段でも
子どもは持つことができますからね。

 

余談ですがスパイファミリーっていうジャンプの漫画があるんです。
全員他人同士の偽装家族ですが、
だんだん本当の家族みたいに心が重なっていくんですよね。
血の繋がりがなくたって家族になれるっていうのがわかります。おもしろいですよ。

「わたしの!」「わたしの!」としがみついていませんか?

私達の魂はもともとは
霊界で類魂(グループソウル)として、
みんなが1つに溶け合っているものです。

共に神様の一部であり、
つまりお互い神であり、
みんな1つなのです。

だから今は他人同士でも、
魂目線でみればお互いが
自分自身でもあるという事になります。

自分と他人の境界線をなくせという話ではありません。
魂という本来の自分の視野でみた時の話しです。

だから、子どもという存在を見た時、
魂からすればみーんな自分の子どもにもなるんです。

「わたしの妊娠!」
「わたしの出産!」
「わたしの子ども!」

っていうしがみつくような考えは
魂はしません♡

 

神様からみたら、私達がみんな
等しく神様の子どもであるように、

自分達からみても血縁関係がなくても
若い命はみな等しく自分達の子どもともいえるのです。

 

霊視相談でもたまにいらっしゃいますが、
再婚した義理の親・義理の子どもという関係の場合。
たとえ血縁関係はなくても、
霊視してみると親子そのものでしかない、
という場合もよくあります。

今生では血を分けた親子関係ではないものの、
過去生では親子だったり
その前も同じ家族にいたりと、
ずっと縁が続いている場合もあるんです。

もちろん逆もあります。

血縁関係があっても、同じ顔した親子なのに、
親子としての縁はとっても薄くて、
実は他所にもっと縁のある親や子どもが
いる場合だってあります。

けど、それでも家族として
生まれてくるのですから、
親として子として、お互いが
必要な魂の学びがあるということになります。

対等な選択肢

もう一度繰り返しますが、

女性は産むか産まないかの人生、どちらかしか経験できない。
「産めない」というのも含めて「産まない人生」です。

産むことも産まないことも、選択として両方対等です。
子どもがいる人生、子どもがいない人生も経験として対等です。

「無いことが悪い」というルールで自分を見ていたら、

・産めば勝ち
・子どもがいれば勝ち

となり、
<外側基準の価値観>のまま満たされずに一生が終わります。

女性は産むか産まないか、
どちらかの経験しかできないとはいえ
神様はそこに優劣などは一切つくっておられません。

それぞれにかけがえのない価値があり、
それぞれに経験と感動があるからです。

 

「産まない」んじゃなくて「産めない」んです!

というこの「産ない」という言葉。
これは、<選択肢>ではありません。

ただの感情を入れた言葉なんです。

そこを主張してしまうから、
ややこしくなるし、いつまでたっても
価値がない、とか二極の考え方で
苦しいままになってしまうんです。。

気持ちはよくわかるんですが、、

 

たこやきちゃんは、産まない人生を歩んでいます。

けど、別に産むとも産まないとも決めたわけではない。
事実としてみて「産まない人生。以上」っていう、
ただそれだけです。

『自分の子供じゃなくても
他人の子供を自分の子のように愛しましょう!』

なんていわれても、

産んだことすらないのに
そんなん出来るかーい!って思う。ww

 

けど自我のわたしはそれが出来なくても、
魂は・・・それが出来てしまうんです。

 

魂目線になる、っていうのは
そういう 本当の自分 が見た景色。世界。

魂目線でみれば、自分なりの・自分好みの
最善の形での
「我が子のような愛し方」も出来るんです。

対等であることは、今の在り方の自分を
許して、今すぐ勝手に幸せにしてくれます。
だから自分へも人へも愛を与えることもできます。

好きでも嫌いでも感謝もできる^^

産む人生も産まない人生も、
どっちを選択しても、全てが愛おしい自分の人生になる♡

自分いじめは簡単

出来ないこと、もってないこと、
得られないことを挙げて

勝ち負けや優劣の世界で自分を
悪くして悲しむのって、実に簡単です。

これほど簡単なことはないんじゃ?ってくらい、簡単なんじゃないでしょうか。

だって気づいたらやってる、
といっても過言ではないくらい
みんな自分のこと悪く考えるのが上手だし得意でしょう。

わたしもだけどさw

 

私の人生、どうしてこんななんだろう…

 

なんて思うかもしれないけど、
そういうところもよく見てたら
「自分がそうしたくてしてるんでしょう?」
っていうこと、たくさんある。

そこから抜けるには、とにもかくにも
やっぱり魂目線で自分を知ることです。

自分を知ること以外に出来ることは無いよ。

外側に求めてばかりいるから、内側がみれない。
自分がわからない。

出産ということは女性にとっては
一大イベントであり、人生を大きく変えますが
それによって自分の価値に差が出るものでもありません。

選択肢はもともと対等なものが用意されています。

目に見えない世界のこと、
知れば知るほど苦しみも悲しみも嬉しいことも
すべてが喜びになり糧にしていけますよ♡

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